『病院』という所は回復の見込みの無い者は、ある一定の
入院期間を経過すれば、非情にも転院させるようだ。
父が入院して3ヶ月が経つ頃、今度は少し山手に有る
『リハビリ』専門の病院へ転院することが決まった。
転院当日、私達家族は主治医から父の病状について説明を
受けるが、ここでもやはり父は「回復の見込みが無い」と
断言されたのである。父は最終的にどうなるのだろうのか。
私は勤務先の定休日や日曜などは、昼前から病院へ出向き
晩になるまで、父の傍で食事や排泄の補助をしていた。
しかし専業主婦だった母は、ほぼ毎日介護に出向いていた。
転院先は今までと違い、少し遠い場所に有ったので電車を
乗り継ぎ通院し、回復の見込みの無い父に一日付き添う。
ある程度の期間入院すれば、いずれまた転院若しくは
自宅に父を連れ帰り、無期限の介護生活が始まる。
ある晩、私宅に電話を掛けて来た母は泣いていた。
入院期間を経過すれば、非情にも転院させるようだ。
父が入院して3ヶ月が経つ頃、今度は少し山手に有る
『リハビリ』専門の病院へ転院することが決まった。
転院当日、私達家族は主治医から父の病状について説明を
受けるが、ここでもやはり父は「回復の見込みが無い」と
断言されたのである。父は最終的にどうなるのだろうのか。
私は勤務先の定休日や日曜などは、昼前から病院へ出向き
晩になるまで、父の傍で食事や排泄の補助をしていた。
しかし専業主婦だった母は、ほぼ毎日介護に出向いていた。
転院先は今までと違い、少し遠い場所に有ったので電車を
乗り継ぎ通院し、回復の見込みの無い父に一日付き添う。
ある程度の期間入院すれば、いずれまた転院若しくは
自宅に父を連れ帰り、無期限の介護生活が始まる。
ある晩、私宅に電話を掛けて来た母は泣いていた。




